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札幌地方裁判所 昭和44年(タ)7号 判決

原告 丁ミヨ

右訴訟代理人弁護士 大堀勇

被告 丁守錫

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告は日本人である父植松政一、母ヨシの二女として生れ、昭和二一年一月頃から朝鮮人である被告と、原告方で同棲を始め、同年一一月一日に被告との間に長女花子をもうけた。その後原告と被告は昭和二三年一二月一〇日に婚姻届出をし、原告は同日付で父植松政一の戸籍から除籍された。

(二)  原告と被告とは昭和二八年四月頃千歳市に移住し、被告は廃品回収業を営んでいたが、同三三年一一月頃から被告が他の女性と親しくなったことで、原告は花子と共に苫小牧市に転居し、被告と別居した。

(三)  被告はその後原告から花子を引き取り、昭和三五年七月頃花子と共に朝鮮へ引き揚げ、その後は全く音信不通であったが、原告の調査で現住所に居住していることが判明した。

(四)  右被告が原告に無断で朝鮮へ引き揚げ、その後何等の連絡をもしないことは、民法第七七〇条第一項第二号の悪意の遺棄に該当するので、原告は被告との裁判上の離婚を求める。と述べ(た)。証拠≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を総合すれば、原告主張の請求原因事実すべてが認められる。

二、法例第一六条によれば、離婚の準拠法はその原因が発生した時における夫の本国法によるべきであるところ、弁論の全趣旨によって成立の認められる甲第四号証の四(鑑定書)によれば、朝鮮では本件離婚原因の発生した昭和三五年七月以前より北緯三八度線を境とした南北の地区において、南は大韓民国(以下南鮮という。)、北は朝鮮民主々義共和国(以下北鮮という。)と異なる政府が成立し、それぞれの政府の法規範がその支配地域に対して実定法としての効力をもつに至っていることが認められる。また我国が北鮮を承認していないことは顕著な事実である。

法令はこのような場合の規定を設けていないと解せられるが、国際私法は当該渉外的私法生活関係の規整に最も密接な関連を有する法律の適用を命ずるものであるから、その法律が現実に実定法として妥当しさえすれば、その法を制定施行している国家ないし政府に対して国際法上の承認をしているか否かを問わずこれを準拠法として適用すべきであり、国家ないし政府の承認は政治的外交的性質を有する国際法上の問題であって、承認の有無は国際私法における外国法の適用には影響を及ぼさないというべきであるから、未承認国家ないし政府の法律を、単に国際法上未承認であるということを理由に、国際私法上適用さるべき法律から排除すべきではないと解すべきである。

そして、前認定の事実によれば、被告はその意思に基づき北鮮に生活の本拠を置き、現にそこに居住しているものであるから、被告の身分関係がより密接な関係を有する北鮮において行われているところの離婚に関する法令を被告の本国法であると解すべきである。なお≪証拠省略≫によれば、被告の本籍は南鮮に存することが認められるが、被告の意思により北鮮へ帰国したという主観的要素ならびに現住所が北鮮にあるという客観的要素を考慮すれば、被告の身分関係は北鮮の方がより密接な関係をもっているものというべきであるから、被告の本籍が南鮮にあることが被告の本国法を北鮮法と解することの妨げとなるものではない。

三、しかして前記甲第四号証の四によれば、北鮮における離婚に関する規定として、男女平等権に関する法令(一九四六年七月三〇日公布施行)があり、その第五条第一項によれば、結婚生活において夫婦関係が困難で、夫婦関係をそれ以上継続することができない条件が生じた時には、女性も男性と同等の自由な離婚の権利を有すること、母性として児童養育費を前夫に要求する訴訟権があること、離婚と児童養育費に関する訴訟は人民裁判所で処理する旨定められており、また、離婚事件審理に関する規定(一九五六年三月六日付司法省規則)第九条には、夫婦関係をそれ以上継続できないときは離婚原因となる旨の規定が存すること、なお、一九五〇年三月七日共和国最高裁判所全員会議による決定第二号「離婚訴訟解決に関する指導的指示」によれば、一時的な家庭の不和・夫婦間の争いについては離婚は認められず、それ以上夫婦関係を持続したら家庭生活の健全な発展を阻害するか、または子の養育に悪影響を与える恐れがある場合にのみ離婚が認められるべきであると解されていることが認められる。

そして前認定の事実は右離婚原因に該当するものというべく、またこれはわが民法によっても第七七〇条第一項第二号の悪意遺棄として離婚原因にあたるというべきであるから、原告の本訴請求は正当として認容すべきである。

四、よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松原直幹 裁判官 浜崎恭生 吉原耕平)

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